第3章「あらためて『生きる力』を考える」

公開日 2021年03月15日

最終更新日 2021年03月19日

 前章までは、コロナ禍においても、学びを続けている大人や子どもたちの姿についてふれました。こどもの城は、子どもたちが「生きる力」を培うことを目的とした学びの施設ですので、このような時代でも成長を続ける人々を応援していきたいと思います。本章では、あらためて「生きる力」について考えてみたいと思います。

不確実なこと

 平成8年の中央教育審議会答申において、「生きる力」という概念が出され、学校でも、また学校外でも、「生きる力」を意識した教育が展開されてきました。こどもの城も、そういった時代の流れの中で、平成21年3月に開館しました。

 しかし、「生きる」という言葉と「力」という言葉を組み合わせた「生きる力」について、どれだけの人々が深く理解しているのか、あるいは理解しようとしているのか疑問に感じることがあります。時には、教育に携わる人々までが、十分な理解がなされておらず、漠然と受け止めているのではないかと感じることもあります。かくいう、こどもの城のスタッフも、同様の場合があります。既に、平成8年から20数年が経ち、当時の調査で体験不足だと言われていた子どもたちは、現役の子育て世代の親になりました。あらためて、親や教師などの教育関係者と「生きる力」について、会話したり、意見交換したりすることは、価値あることではないかと思います。

 そこで、一時的に受入を中止していた期間に、普段なかなか深めることができにくい「生きる力」の概念について、スタッフ研修会を開催しました。そこでは、スタッフが理解することと同時に、利用者と普段の言葉で会話する場合の有効な手段は何かを探ることとしました。

その一つが、AI(Artificial Intelligence=人工知能)との対比ではないかと考えました。平成8年当時、まだAIという言葉が、日常会話の中で聞かれることはほとんどありませんでした。また携帯型の通信機器も人々に普及していませんでした。しかし、今では囲碁のトップ棋士がAIに敗れたという事例があり、トップ棋士どうしの対局でもAIが示す手を参考にしている棋士も多いと聞きます。将棋と異なり、勝ち方が複数ある囲碁においては、AIが人間に勝てることはないといわれていた時代もありましたが、それは覆されました。

 では、AIにできず、人間にできることとは何でしょうか。このことを考えてみると、「生きる力」について、少し深めることができるのではないかと思うのです。AIができないことの一つが、不確実なことだと思います。AIは、命令・指示されたことには忠実に、速く、しかも正確に答えを見つけ出すことでしょう。前述した囲碁のAIは、「次の手」の勝利確立を複数示します。しかし、例えば「?%」と示すことはありません。不確実なことをしない(できない)のです。一方で、人間は不確実なこともやってみようとすることがあります。屋外で活動している時の一場面ですが、子どもたちは水たまりの中に足を突っ込むことがあります。まるで、興味に駆られたのかのように水たまりを避けないどころか、嬉々として足を突っ込むことがあります。その結果、水が周囲の人に跳ねたり、長靴の中に水が入ったりして、親から叱られることもあります。時に微笑ましいこの光景において、親にとっては「また洗濯しなきゃ」という“確かな近未来”が予測できますが、子どもたちにとっては「どうなるのかな、やってみたい」という不確実なことへの興味が勝っているかのようです。このような子どもたちの行為は、命令・指示されたことではなく、衝動的、否、自発的にさえ見えます。かつて、コンピューターが自らの意思を覚醒させ、人間と戦う「ターミネーター」という映画がありましたが、現実には、AIが自ら意思を持って命令・指示された以外のことを起こすことはありません。その点、人間は子どもの頃から自発的に様々な周囲の環境に働きかけることができます。さらに、少し年上の子がいる場合などは、「だめだめ。水が跳ねるから、こうやってよ。」と水が跳ねないやり方を教えるなど、協力場面が自然発生することもあります。

 屋外での自然体験活動のできごとで、AIができそうにないことをもう一つ紹介します。子どもたちが枝や石で何かを地面に描いている光景に出会ったことがあります。スタッフがのぞき込むと「ドラえもん!」などと言って得意気な顔つきをしていました。何かの衝動に駆られたかのように、創造して自己を表現していたのです。スタッフには、どうしても、その造形物がドラえもんには見えていないのですが、「ドラえもんだ~!」と応じていました。自ら表現したことに共感しようとしたからです。

 このような幼少期の体験を重ねながら、水たまりに足を突っ込むとどうなるかという仮説を立てたり、繰り返し失敗したり、どうすれば水が飛び跳ねないかということを他の人に確かめて検証を繰り返したり、時には何かを創造したりすることが、自ら考え、よりよく行動する力の原点になるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

探求すること

 現在、こどもの城で一番若いスタッフの年齢は、24歳です。中央教育審議会で「生きる力」について答申された平成8年生まれの女性です。スタッフ研修会で、彼女が6年前まで受けていた高校での教育法の一場面について、話題になりました。彼女が在学していた高校では、通称「千本ノック」という名の勉強法が生徒に課されていたそうです。在学中の3年間に、千枚の数学のプリント課題が教師から出され、それをより速く正確に解くことが生徒に求められたそうです。あくまでも一場面なので、その勉強法自体に異論を唱えるつもりはありませんが、より速く正確に解くことは、先述したAIの方が、どうやら人間より優れているようです。したがって、その勉強法で留まっているとすれば、変化の激しい時代の教育としては、何らかの物足りなさがあるように感じます。先輩スタッフから、「『生きる力』一期生なのにねえ」とからかわれていましたが、彼女には、「千本ノック」が強烈な印象として残っていたそうです。

 しかし、今年度、彼女が卒業した高校の生徒から、「授業で、課題研究をしているので、情報提供してほしい」という旨の連絡がありました。どうやら、数人のグループに分かれて、自分たちで問題を見つけ出し、探求していくという学習のようでした。問い合わせてきた生徒達の問題は、子育て支援策についてのものでしたが、生徒達は仮設を立て、情報を得て、検証していくという筋道に沿って探求型の学習を展開していたようです。秋になり、大学の卒業論文のような形で、成果をまとめたものを送ってくれました。6年前の卒業生であるこどもの城のスタッフが言うには、自分たちの頃にはなかったとのことです。彼女が在学中にやっていた「千本ノック」は、与えられた問題を解くことです。一方、今年度の高校生の学習は、自分で問題を発見することです。問題が常に与えられる学習法は、解くことだけが求められますが、問題を発見するという過程からの学びは、考えようによっては、より難しいことかもしれません。そして、先述したAIにできないことかもしれません。

 AIも自己学習ができるそうですが、まだ自分で問題を発見して、自分に課すことはできないようです。「生きる力」を培うために、学校でも学び方の手法が増え、変わってきていることを感じたできごとでした。

未来を創造する

 令和2年の元日、諫早ケーブルテレビは、市内在住のある少女のドキュメント番組を放映しました。少女は、長崎県立盲学校に通う道辻結那さんです。前年の秋ごろから、同放送局以外にも、複数のメディアが彼女を取材するために、こどもの城を訪れました。

 道辻結那さんは、3歳くらいの頃から、何度もこどもの城を利用していましたが、音楽が好きになったきっかけは、こどもの城でスタッフがギターを弾き語りすることだったそうです。初めておぼえた歌は、こどもの城オリジナル曲だったそうで、スタッフがプレゼントした音源を毎日聴いておぼえたそうです。いつの頃からか、歌を歌って人を喜ばせたいという願いを抱いた彼女は、ピアノを習い、小学校5年生になった今でも、こどもの城に来て利用者の皆さんに弾き語りをしてくれます。こういった経緯もあり、彼女の取材のためにメディアがこどもの城を訪れるのです。ちなみに、元日に放映されたドキュメント番組は、全国で賞を受賞しています。

 11月のある日。長崎県更生保護女性連盟研修会が諫早文化会館で開催されました。感染対策のために、座席の間隔を空けての大会でしたが、会場には200人の参加者がありました。その大会で講演を依頼されていたこどもの城館長とともに、彼女はステージに立ち、集まった方々のために、懸命に弾き語りをしました。指で鍵盤を探しながら音を奏で、お腹の底から響く発声で会場を魅了していきます。彼女の歌声とピアノの演奏で、会場にいた人々の目頭が熱くなったと聞きました。

 今、これまで世界が経験したことのないウイルスと向き合っています。かつて経験したことがないということは、あらかじめ正解が用意されていないということです。これからの未来を生きるために、まさに自ら考え、よりよく行動することが求められています。そんな中、子どもたちが成長を止めずに、自己を表現し、正解のない(正解がたくさんある)ことを楽しみながら成長し、未来を創造するということを、大人も感じたステージだったように感じました。

 未来は明るい。そう信じて、こどもの城は今後も「生きる力」を培う場でありたいと考えています。

お問い合わせ

こどもの城
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